じつに気持ちのよいフルマラソンだった。今回の目標は「走ることのよろこびを感じられること」。その意味では100点満点だったとじぶんを讃えたい。この環境にあって今はたしてフルマラソンを走りきる走力があるかどうか、そして、それが這々の体でどうにかゴールラインを通過できたというのではなく、「笑って」ゴールできるかどうか、そして東京の都心を走らせてもらえることの幸せにどう応えるか、それがきょうのテーマだった。
もともと時計をしないでスタートラインに立ったし、タイムのことはまったく気にしていなかった。とにかくゴールするときに笑えるよう、呼吸が苦しくないペースをからだに聴きながらと思っていた。ゴールタイムは3:53くらい。スタート地点の通過までに2分ちょっとかかっていたから、実質3:50台で走り切れたことになる。km5分30秒を切るペースで走りきれるとは、まったく想定外だった。
しかも、練習で30km超の長いのを走ったときには、途中から俗にいう「脚が棒」のような状態となり、うちに帰り着いたあとしばらく動けなかったこともあって、35kmからの壁が大きく立ちふさがるはずだと考えていたのに、逆に「あと5km」をみたあと、一段ペースが上がったような気さえしている。そして、ゴール後も痙攣もおこさなければ、帰りの駅の階段もなんなくふつうに上り下りできている。(もっともあした筋肉痛がくるかもしれないが)
それもこれも「走らせてもらえたことへのよろこび」からきているような気がする。きょうはずっと歩道寄りを走り続けた。日比谷以降折り返しのコースになるので中央分離帯寄りを走れば、仲間とすれ違いエールを送れるかもしれないとは思ったのだが、それよりも沿道からの声援に応えて走ることを選んだからだ。
エリートランナーだけが走っていた今までの「東京国際マラソン」や「箱根駅伝」よりは少ないかもしれないが、それでも沿道の応援はほとんど途切れることがなかった。こちらは好きで走っているからいいけれど、この冷たい雨が降り続く中、わたしたちのような市民ランナーに「がんばれぇ~っ」って声をからしてくれている人たちには頭が下がるばかり。
ZARDの「負けないで」を唄ってくれた女の娘。雨中の給水ポイントのボランティアのみんなの元気さ。高架になって歩道の応援が途切れて淋しくなったとき、突然マンションのベランダから降り注いできたエール、琉球民謡のリズムで後押ししてくれた人たち。どこかの大学のチアリーダーたちの華やかなエールも受けた。手ぱっちんも何人としたかわからない。そして、祈るような表情で「がんばってぇ」と声をかけ続けてくれていたたくさんのおばちゃんたち。
そのひとつひとつに手を挙げ、「ありがとう」と応えて走り続けた。35km過ぎからは握り拳をつくりそこからもらった元気に答え続けた。(だからだろう、左の二の腕が筋肉痛だったりする) きょう、最後までペースが落ちず、笑顔でじぶんに拍手をしながらゴールを駆け抜けることができたのはその応援の後押しがあったからに他ならない。
私設エイドでチョコレートやキャンディーを差し出してくれた人たちもいた。これがもっと根付くとほんとうの意味の「東京マラソン」になりそうだ。
気持ちの目標はクリアしたし、完走メダルは手にしたけれど、きょうの完走はじつは幻だったりする。この大会の記録はシューズにつけるチップでとっている。きょう、わたしはそのチップをシューズにつけていなかったのだ。いつもなら走るシューズにあらかじめ装着しておいて、着替えと同時に履き替えるからだいじょうぶだったのだが、きょうの雨では往きに履いていってぐしょぐしょの靴を帰りもまた履くことになるからと、最初から走るシューズで出かけ、帰りのための乾いた靴をバッグに入れていた。チップをつけたシューズで電車に乗るのもなぁ・・・と逡巡したのが失敗だった。
なにせ30000人規模の大会、しかも雨とあって着替え(上に着ているものを脱ぐだけにしておいたけれど)の場所を探すだけでも大変。気の早い人たちは新宿駅の構内でもう着替えていたりしていたくらいだ。加えてスタート40分前には荷物の受け付けが終わってしまう。そんな状況が「チップに思いを至らせることがなかった」原因かもしれない。チップをつける大会が久しぶりだったし。別段緊張はかけらもしていなかったけれどね。
ワンウエイの大会なので、荷物はゴール地点までトラックで輸送される。預けてすぐにチップの付け忘れに気づいて戻ったのだけど、ボランティアの男の子の手からトラックの荷台の人に渡ってしまっていたあとだった。荷台にいる人に、つい今さっき預けたばかりだから見えるところにあるはずだからと事情を説明したが、決まりだからと言われればこれは土台無理な話。
まぁ、はじめからタイムのことは目標としていなかったのだから「まぁいいか」とあっさり納得してびしょぬれになりながらスタート地点に向かった。スタート地点で本降りの雨の中ひたすら待つこと40分、そして記録には残らない大会、この2つが結果的には吉とでた気がする。新宿のスタートからしばらくつづく下り、寒さで完全冷え切ってしまったからだが、少しずつ戻ってくるまでと自重した入り方をしたことがよかったような気がするのだ。
りんかい線の「国際展示場前駅」で乗り込んだ電車は、ランナーとその家族でいっぱいだったが、大井町で半分に減り、大崎でまた入れ替わり、池袋で降りたときにはランナーとおぼしき姿はわたしの他にひとりだけ。その男性とも降りていく階段が違って、氷川台では「東京マラソン」が行われていたことなど微塵も感じられない。
30000人のランナーのお祭りが終わった。東京という器の中に薄まればランナーなどホンのひとかけら。大きな混乱はなかったとニュースは伝えているが、いろいろな場所でいろいろなできごとがあったはず。感謝である。
ともあれ、幸せな1日! ありがとう!