2009.05.14 ダディ
けさも6時20分起床。睡眠時間は4時間30分ほどだけど、熟睡しているからからだは疲れを感じていない。でも、きのうからつづく目のかゆみと泪目の影響も若干あるのか、けさはまぶたが重い。澱んだ重い気持ちも完全に解消されたとは言い難く、得意(?)の「一晩眠ったらケロリ」とはいかなかった。
きょうのお弁当は「焼きうどん」。肉っ気がなくちょっとボリュームが少ないので、おにぎりもひとつにぎっていく。そんなこんなできょうは通勤急行には間に合わなかった。
目覚めたときには、まだきのうの「澱み」をひきづっている感覚だったが、よくもわるくもやらなくてはいけない仕事には事欠かず、知らず知らずのうちに重しはとれていた。
22時15分退社。本日はセールのはじまった現場へサポートに出ている人もいて、この時間で最終退出者。朝カギを開けたオフィスにまたカギをかけて出てくる。
帰りの地下鉄の中で金城一紀の「フライ、ダディ、フライ」を読了。「変化のない決まり切った日常に膿んでいたくせに、いざその日常から引き離されるような出来事が起こると、面倒臭くて、見えない振りや聞こえない振りをして日常にしがみつこうとしてしまった」47歳の父親が、「大切なもの」を守るために立ち上がる話。歳が近いからツボにはまる。
守りたい大切なものは「家族」だというのはわたしもおなじ。ただ、わたしの場合、家族のためにと「イヤな仕事」や「嫌いな仕事」を厭々やっているわけではない。というより、じぶんの「能力のなさ」にへこみながらも、この歳でまだまだ刺激的な局面で仕事ができることを楽しんでいる。
考えてみれば、わたしはこどもの頃からずっと「好きなように」「わがまま」に生きてきた(と思う)。それを許してもらえるしあわせな環境にずっとあった。お店を閉めて、今の仕事に就くときも、じぶんの「意志」を尊重してもらってきた。その意味では、この「フライ、ダディ、フライ」の主人公とは状況は違うが、「弱さをみせたくない」「強くありたい」という思いはある。それがプレッシャーにならないよう自然体でいる部分もある。どちらにしても、「じぶんらしく」させてもらっていることはたしかだ。家族には、とくに妻には感謝している。
今週は「守りたい大切な」家族のひとりが、仕事から帰るとうちにいた。とくに何かをしてやったわけでもなく(洗濯はしてやったが)、たいして会話を交わしたわけでもないし、ただ泊めてやったというだけだった。そもそも「フライ、ダディ、フライ」のようにかわいい娘でなく、むさい長男だからなぁ・・・(爆) その彼も、土曜日にふたたび埼玉(ふじみ野市)の人となるために、あしたは伊勢原に帰っていく。まぁ、電車で30分くらいの場所に戻ってくるのだから、何かがあったときのことを思うと、なんとなく心強いものを感じる。これが「家族」なんだろうなぁ・・・。
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