「えちごくびき野」のリタイアから一夜明けて、夕方名古屋に返ってきました。1日経って、悔しさがこみ上げてくるかなって思ったんだけど、あいかわらず悔しさはこれっぽっちもないんですよね。それより、ほんとうはこの週末は、地元のお祭りで、町内会の役として、いろいろお世話をしなくてはいけないのに、それを引き受けて わたしを送り出してくれた妻に申し訳ないって気持ちのほうが大きいかな。その妻は開口一番「走れなかったねぇ・・・」って冷やかすように笑っていました(;´∀`)
どうしてなのかなっていうのがはっきりしないのが気持ちわるいですね。とにかく途中まではほんとに順調だったんです。峠越えが始まる40kmの牧区総合事務所までは4:26:29だったから、エイドでの休憩を含めても6:40/kmペースできていたことになります。まぁ、ここから5つの峠越えがはじまるので、単純にこの2.5倍ってわけにはいかないけれど、この先km8分になっても、前回のタイムと同じくらいの12時間台半ばはだいじょうぶって思いつつ、いよいよはじまった坂へ差しかかっていったわけだけど。
前回は恥骨筋あたりの違和感(つっぱるような痛み)がすでにでていて、上り坂はとにかくすべて歩き、下りで取り戻すという作戦だったのだが、今回は意外に快調に坂が上れたんだ。フルマラソン地点の通過が4時間46分くらいだったし、とにかく最初の峠を登りきる少し前までは全く順調そのものだったんだよね。はじめに、両方の腰骨が張ってきて、あれっと思ったら、左膝のお皿の内側あたりに違和感が大きくでていて、あれれっと思ったら、一気に両ふくらはぎがパンパンに張ってきた。なので、下りに入ったのに、怖くてペースがあげられない。それでもだましだまし2つの峠を越えて、50kmのトランジットに到着。
ここではぐっしょり濡れたアンダーシャツを着替えるつもりだったけど、思ったよりからだが固まっていて、係の人がどうぞと勧めてくれた椅子に腰掛けるのが結構大変で、お天気も回復してきそうだったので、着替えないままスタート。3つ目の峠も上りは歩き、下りはかっとべないけど走るというプランだったけど、下りが思うように走れない。ふくらはぎのハリはさらに進んで、痙攣寸前という感じ。58.4kmのエイドへは、もうほとんど惰性という感じの走りでたどり着く。座ったら走れなくなると頭では考えているけれど、もう脚がいうことを聞かないので座り込んでしまう。
後ろから来た仲間2人が先に出ていったが、ついていくことも追うこともできず、ちょうどまた強く降り出した雨に、テントの下から走り出せずにいた。ここでリタイアというのも真剣に考えたけれど、じつは次の峠の先にいとことおばが来ているはずなので、少なくともそこまではいかなくちゃと、エイドを出るとすぐにはじまる坂へ雨の中スタート。当然のごとく走れず、ただひたすら雨の中歩いていった。前回と同じ峠のピークの少し手前にいてくれたいとこたちには、歩いている姿しか見せられなかった。
少し立ち話をして、じゃぁ言ってきますと下り坂にさしかかったら、なぜかふくらはぎの状態が楽になって、4つ目の峠はなんとかクリアできた。この時ずっと思っていたのは、ウルトラをはじめる時に、誘ってくれた人が教えてくれた「ウルトラは復活する」ということば。今回もそうだったんだなぁ・・・と思えたのは、最後の峠に向かう手前の浦川原のエイドまで。
ここで8時間27分。のこり31kmなので、まだ時間内完走と考えれば十分に時間はある。だけど、最後の朔日峠の大きなつづら折りもひたすら歩いて上ったし、下りになってもkm7分くらいしか怖くて出せない状態に。すべての峠が終わり、じつはいちばん心が折れる、平坦で、両側がただただ田んぼというところまでくると、歩きたい、いちど止まりたいという思いとの闘いに。結局なんとか76.4kmの給水ポイントまでは走ったのだが、次のトランジットであり関門でもある78.4kmの吉川総合事務所までは歩いていこう。そこで考えようって心に決めて、元気に胸を張って「笑顔」で歩きはじめた。
・・・つもりだったが、同じく歩きが入ってしまった人の何人かにすっと抜かれてしまった。ありゃりゃ、歩くのも遅いじゃん。ここからkm11分の歩きではさすがに間に合わないというわけで、気持ちは収容バスもいるはずの吉川総合事務所でのリタイアに傾いていく。
脚の状態が一触即発なのがもちろんリタイアの理由だけど、この先笑顔にはなれないだろうし、沿道の応援に「ありがとう」って応えられないなってのも大きな要因。楽しめないならやめたほうがいいってこと。そして、もし両脚痙攣で動けなくなって収容車のお世話になることになったり、うちに帰ってからの社会人としての生活に支障をきたすことになっては本末転倒だしな・・・。そう思ったら気が楽になったけど、バスでゴール会場に送られている間もまだ両ふくらはぎの一発触発の状況はつづいていたし、バスを降りた途端、歯の根が合わないくらいに震えが来た時には「あぁ、リタイアしたんだ」って実感がわいてきたな。でも悔しさは全然感じなかった。
ずっと降り続いていた雨で冷えたのでは、夏場のロング練習ができていなかったからか、9月に雨の日と出張が多くて距離が伸ばせなかったことか、いやいや、逆に8月に350kmとか走った疲れが取り切れていないんだろう、とかいろいろ考えたけど、よくわからない。歳を重ねるごとに走力は確実に落ちていくわけで、いつかサブ4で走れなくなるだろうし、ウルトラを完走できなくなる日がくる。このどう抗いてもどうしようもない老いによる衰えがきょう来たのかなということになれば、まぁ、それも受け止めるしかないな。
一夜明けて、わたしも78.4km走ったんですというようには見えず、実際ふつうに階段も降りられる状態。ふくらはぎもなにごともなかったようだし、お天気もどピーカンとはいえないけど晴れているし、ほんとにきのうは一体何だったってところ。まぁ、これも人生だね(チト大げさ)