きょうは名古屋ウィメンズマラソン。おだやかに晴れて、きのうよりも風が収まり、ランナーにはちょっと暑いくらいの気温の中での一大イベントとなった。ことしも沿道で仲間の応援をしてきたのだが、じつはちょっと前まで、ことしは応援に行くのをどうしようかと迷っていた。去年の夏、多くのラン仲間と「娘」と出会えたランニングクラブが活動停止、分裂ということになってしまって、どういう立ち位置で応援したり、写真を撮ったりすればいいのか、気持ちが定まらなかったからだ。ならば、いっそのこと応援に行かなけれはいいじゃん。って考えていたんだよね。
今は、どのランニングクラブの所属していようと、どんなウエアで走ろうと、知り合い、仲間なら誰でも応援するって宣言した仲間(Rさん)の私設エイドをお手伝いするということで、ことしもカメラを抱えて沿道に立ったのだが、「案ずるより産むが易し」というところかな。とくに、なんのわだかまりもなく、去年までとおなじように応援できたし、写真も撮れたので、まずはよかったなってところだけど、写真をアップするにあたってはちょっと困ったな。今までのようにみんなが同じランニングクラブだったなら、そのFacebookページにアップロードすれば済んだのだが、ことしはそうもいかない・・・ということで、じぶんのFacebookページに「アルバム」としてあげたのだが、これだとわたしの友だち以外は見られないんだよね(友だちではない人も何人か写っている)。ここがちょっと悩ましいところだな。
わたしと友だちではない方、友だち申請をもらうか、リンクURLを問い合わせてくださいね
毎年思うのだけど、マラソンはじぶんで走るのがいちばん楽しいけれど、応援もまたとても楽しいし、元気と笑顔をもらえる。これからもこの時間は大事にしていきたいな。
そうそう、きょうこの応援に向かう途中、地下鉄桜通線の桜山~御器所間を走っていた電車で、突然、車内灯が消えて、非常灯の灯りだけになったんだよね。そのままの状態で御器所駅にふつうに停車したんだけど、そのあとすぐに「原因不明の停電のため運転を見合わせる」という車内アナウンスが入って、社内がざわざわとなった。マラソン応援で移動という乗客で満員に近い車内だったけど、同じアナウンスのくり返しに、2~3分もすると、遠回りだけど鶴舞線にまわろうと、移動していく人たちがつづいた。御器所駅に停車しているからこその選択だったんだけど、その後すぐに、鶴舞線も停電で運転見合わせというアナウンスがホームに流れた。あらら、賢い選択のはずが裏目にでてしまったんだね。わたしは、車道駅まで乗車の予定だったので、他に選択肢がなく、そのまま乗車せざるをえなかった。結局15分くらい止まっていた。ホームの灯りは全部ついていたから良かったけれど、駅と駅の間で止まっていたら、あの非常灯だけでは心許ないだろうな。ギリギリ待ち合わせには間に合ったけど、ちょっとびっくりだったな。
そんな気持ちがハイだった一日だったけど、夕暮れ迫る頃になって、とても「キツい」時間を迎えることになった。高校時代の部活の1年先輩の御見舞に行ってきたのだが、この先輩、1年半ほど前に肝臓ガンと診断され、手術を受けたという話は、年賀状のやりとりの中で知らされていた。その後、退院されていたのだが、つい最近、救急車で病院に運ばれ、緊急入院し、そして、おととい「余命1ヶ月」という宣告を受けたのだという。それを受けて、きのう、御見舞にいった同級生(わたしにとっては1年先輩)の人から、「伊藤くんに会いたがっている」という電話をもらったのだ。
「余命1ヶ月」の人を見舞うって、ほとんど「今生の別れ」に行くようなものの思われて、どういう顔で、どういう話をすればいいんだろうって、クルマを走らせた25分の間も考えに考え続けた。きのう見舞った先輩によれば、とてもそんな宣告を受けているようには見えないし、ふつうにベッドに座って話もできる。本人も家族も、その宣告をしっかりと受け入れているようだから、そんなに気後れしなくてもだいじょうぶと言われてはいたんだけどね。
ご無沙汰で何年ぶりかに会った先輩は、昔とぜんぜん変わってなく、話し方も表情もそのまま。聞かされていなかったら「余命1ヶ月」どころか、病気で入院している人には見えない。じぶんは、いろいろなことをあるがままに受け入れてきた人生だから、これもキチンと受け止めている。でも1ヶ月じゃなくて3ヶ月はほしかったな」って、さらっと言われても、どう返事をしていいものやら。葬式の段取りもはじめているんだけど、同級生も限られた人しか声をかけないし、伊藤くんたちの年代は、他の誰にも連絡しなくていいから。伊藤くんには連絡がいくけど、仕事の都合もあるだろうから、無理してきてくれなくてもいいからね」って・・・ほんと返事できないよね。最後、ハグしていいかって言われたのだが、肩越しになって表情が見えなくなったその時「ありがとう」ってことばが、微妙に震えていたのが、いちばんキツかった。
あまり長居をさせないように、話を区切って、奥さんにエレベーターホールまで見送ってきてくれって送り出してくれたのだが、こんな時まで気遣いの人だったなぁ。「桜が咲いたら、外出許可をもらって見に行きましょうよ」って話してきたけれど、それが実現できたらいいなぁ・・・。